復元を終えた韓国最古の弥勒寺跡の石塔が変
2001年から解体復元工事の彌勒寺跡地の西塔ついに姿をあらわす
1993年に復元しすぎた東塔とはあまりにもチグハグな韓国の様式美
[ソウルミーナ]国内で最も大きくて最も古い石塔である全羅北道益山(チョルラブクド·イクサン)の彌勒寺(ミルクサ)跡地の西塔(ソタプ)がついに修理復元を終えた姿を見せた。
2001年から仮住まいをして解体復元工事が行われてきた石塔が18年ぶりに仮小屋と覆いを取り、先月28日から弥勒山の麓の下に復元された姿を表した。
国宝第11号の全北益山彌勒寺石塔は百済武王40年の639年立てたもので1300年もされた。また、石塔は2800以上の石を木塔のように組み立てられたもので、残りの6階までの高さがアパートの5階に近い14.5mで東アジアで最大の石塔だった。
この石塔は、朝鮮時代以降半壊された状態で、6階の一部まで残っていた1915年、日本人が崩壊した部分にコンクリートを塗り替え補修された。
この彌勒寺石塔は、1998年に全羅北道で構造安全診断をした結果、コンクリートが老朽化し、構造的に不安定であると判断に基づいて、1999年に文化財委員会で解体及び修理することに決定された。
公開された塔は最大6階建てで、元々大きく崩れていた西南面を新しい部材を築き上げて補強した。 このため西·南面の3~6階部分は屋根のある塔の側とはまったく違う姿を見せるようになった。 現場に行けば、約20年前に模造塔として建てられた東塔と並んで対を成した西塔が鑑賞できる。
(ソウル/みそっち)
なぜ西側の石塔は6層で東側は9層なのか
1993年、9階の高さに復元された弥勒寺址の東塔は、その復元について言葉が多い石塔だという。 それもそのはずで、何かぎこちない感じがするのは、弥勒寺址の東塔は修復前に東塔跡から発掘された残滓と新しい花崗岩を混ぜて復元されたものだからである。
▲1993年にゼロから復元された東塔
▲日帝時代にコンクリートで補修された西側の石塔とその想像図
▲復元される前の西側の石塔のようす
これがこの状態で1962年に国宝11号
▲補修される前の1910年ごろの西側石塔の様子
①もともと2つの石塔が1対であったが、東側の石塔は日帝がやってきたころには跡形もなく崩壊していた。そこで東側石塔を1993年に新たに立てた。石材は新しいが、正確な考証で大体の姿が復元された。
②日帝時代にコンクリートで補修された西側の石塔は、石塔の歴史的考証と研究の限界、学術的根拠の不足などが原因で、9層の原型復元や6層の復元は、不可能であるとして、6層分復元に保守整備をすることにした。
③それでも最新の考証から復元した。そうしたら6層構造のものになってしまった。
(実はユネスコ世界遺産なので韓国式復元ができなかったらしい)
ということのようです。
▲復元された6層の西塔と足りない部分の合成写真の比較
▲いくつかの想像図もあったりする