みそっちのソウル歴史探訪番外編⑦
耳よりな話題
檀園風俗図帖はとんだニセモノ
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さて、キムホンド(金弘道)檀園風俗図帖とよばれる絵です。大きさは27.0X22.7cmほど、脱穀してるところを両班が寝そべって見ているんですね。
これね、見たことある人も多いと思いますが、実はこれまったくの偽物なのです。
いえいえホンモノじゃないかどうかは見比べてからご判断ください
本物の金弘道(1745~1806頃)の描いた”闘犬図”
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こちらの ”闘犬図” のほうは明治44年刊の ”朝鮮国宝大観” で紹介されているものですね。金弘道ってこのほかに国王の肖像画とかを描く偉い画家センセなのです
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こんなのも描いてますね。どうでしょうタッチも違います 山水画のセンセなんです
そういう高名な画家がいたことは朝鮮末期からニホン統治期のころにはよく知られていました。ニホン総督府では ”闘犬図” を国宝に認定していましたね。
さて1918年のこと 急に”風俗画帖”とよばれる25枚がこの世に出てきたのです。
じゃぁ総督府は国宝認定したの?
いえいえ、1918年に発見された物だと主張されて、この世に出てきたのは1957年のことなのです。 それまで誰の目に触れることも無く存在自体が全然知られていなかったと主張するものが十分な準備期間を経てこの世に出てきたのです。 国宝になるまでは個人のものでした。もちろん国宝認定にあっては十分すぎる対価が与えられたそうです。 当時も真贋論争がありました。
曰く「どのように保存されてきたのは不明だ」「紙がニホン製のようだ」「描かれた時期がはっきりしない」「署名落款が偽造(別人)なのは歴然」「作風がちがいすぎる」「朝鮮時代の顔料とはちがう絵の具」「知事までなったひとなのに」「国王の肖像画を描くひとが身分制の時代に奴婢を描くのか」「発見までの所蔵の経緯が怪しすぎる」「墨が市販のものだ」「発見者があやしい」「絵がへたくそだ」「国宝認定が早すぎる」「25枚以外に画帖が一切ない」「ニセモノだったら朝鮮時代はどれだけ未開だったんだ」「朝鮮時代の風俗を描いた風俗画と呼ばれるものはこの25枚しかない」
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▲金弘道自画像(肖像?)
1957年といえば李承晩の政権末期、選挙の不正のための費用でお金がいくらでも欲しかった時代です。そんな中に李承晩の支持者から国宝のハナシが持ち出されたのです。しかもその内容は朝鮮時代には無かった風俗ばかり、そのうえ人物の構図はニホンでも見たことのあるような(鳥獣戯画とか)ものばかりです。
朝鮮時代に無かった寺子屋が描かれてみたりする不都合もあります。高名な画家の名前を借りて無かった風俗をそれらしく書き 脱穀や田植えなどニホンが統治期に朝鮮に教えた文化がそれらしく描かれているとなれば、ニホン文化を知って朝鮮の未開さに失望しながら朝鮮にも文化があったニダと主張する現代の韓国人と何ら変わるところはありません。
でも教科書にも載っちゃった寺子屋図、これがニセモノだったらニホン総督府が調べ上げても痕跡の無かった ”朝鮮寺子屋” がホントに無かったことになっちゃうのです
真贋論争が過去にもありました。んでもニセモノだと断定できないんですね。
◇ ◇ ◇
檀園風俗図帖の真偽論争再び過熱化
"金弘道が晩年に描いた本物" vs "ぎこちなくてミスも多く模写本"
もう国宝だから完全否定すれば研究者の地位もあぶない さあどうする
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[話題のミーナ]”檀園風俗図帖” このような名称が何なのか、これには馴染みが薄いこともある。 しかし、檀園金弘道(1745∼?)の'寺子屋''相撲'なら話は変わる。
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朝鮮風俗画の中でトップに選ばれたこの絵を含めて計25枚が盛り込まれた画帖が檀園風俗図帖だ。 宝物第527号で国立中央博物館が所蔵している。
朝鮮時代には無かった寺子屋が描かれている▶
この画帖は韓国人が一番好きな風俗画であるにも議論が絶えなかった。「 本物だ」「偽作だ」「模写本だ」長い間、学界の熱い話題だった。
特に、昨年カングヮンシク漢城(ハンソン)大学教授(56)が "25点いずれも檀園が描いたものではない" という論文を発表するなど、莫大な波紋を広げた。
ところが最近、これに対する反論が再び出てきながら、もう一度、檀園風俗図帖が注目されている。 イジュンヒ啓明(ケミョン)大学教授(58)は韓国、東洋芸術学会に '檀園風俗画帖の真偽問題について' を発表して"画帖はすべて檀園が描いた"と主張した。 この論争を三つの視点から整理した。
○主題意識した檀園晩年の傑作
イジュンヒ教授の論文は学界の全般的な意見と脈を共にする。 宝物で指定された画帖は当然、オリジナルだということだ。 国立中央博物館の保存科学室のチョンジュヒョン学芸研究士(43)も昨年画帖の材質と筆致を分析して、檀園1人が描いたという論文を発表した。 ※その論文はある事情から現在閲覧できないらしい
イ教授は "この画帖は、檀園が晩年に風俗表現を集大成する意図のもと、室内で用意周到に構成して配置した作品" と説明した。 そのため、現場性が落ちて手の方向を間違えて描くちょっとした間違いが発生しかねないという解釈だ。
生動感溢れた若き日より描写に力が落ちるのも時期的要因と分析した。
アン・フィジュン ソウル大学名誉教授は "檀園の晩年オブジェと限定することには同意しないが、本質を的確に引き出したと見ている" と評価した。
※30代の頃に描いたという説明がありがち
このような弱点にとらわれてこの画帖の'時代的芸術性' を逃してはならないとイ教授は主張する。 18世紀に流行した新しい形の相撲文化を盛り込んだ'シルム'、働く平民たちの隣に堂々と横たわった両班を通じて階級社会を見せてくれた'脱穀'、庶民の子どもたちも漢文を習い始めた当代の時代相を盛り込んだ'寺子屋'には大家でなければ、大変な成就が込められているという説明だ。
※韓国人にありがちな「正しいのだからそうでなければならない」という主張
またイ教授は "いくつかの作品が他の様々な画家が混じって描いたものという言葉を聞くのは毛筆(毛筆・獣の毛筆)と竹筆(竹筆・竹をわって書く筆)の併用を誤解したため" と話した。
○檀園はミスを許さない天才画家
カン教授は "イ教授の論文を見た。 健康な討論を期待する"と述べながらも、"イ教授の主張には全く同意できない" と話した。 他の作品を見ると、檀園は非常に精密な描写でさえ正確に描き出す能小能大ある天才だが、特に画帖でミスが多いというのは論理的に矛盾するという説明だ。
実際に檀園風俗図帖に疑いの目を収めない彼らが最も問題視する部分だ。 画帖の中でも代表作として挙げられる'寺子屋''相撲''脱穀'さえ肩が変に誇張されたり、手の方向が間違った部分に出ている。 右手で地を付いている相撲見物人の親指↓が外に向けなければならないが、中に向かっている。
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▲履物が3本線のNIKEだ
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カン教授は "甚だしくは渡し船は、画風も均一にならず、筆致も非常に下手で本当に檀園が描いたなら、自ら引き裂いてしまっただろう"と話した。
こんな作品はむしろグンジェ金得臣(1754∼1822)の影響が顕著に出ているとみた。
◀渡し船
このため、カン教授は "画帖は檀園の後学の図画署画員らが先輩のりっぱな作品を見本にするために作った模写本" と評価した。 檀園風俗図帖も'檀園流風俗図帖'と呼ぶべきだという主張だ。
○一部は本物であり、残りは偽作
対蹠点に立った二つの立場とは違って、画帖は、本物もあるが多くの偽造品が混じっているという意見もある。 イドンチョン元明智(ミョンジ)大教授(48)は2008年から"寺子屋とムドンの、シルム、弓術、鍛冶屋、書画鑑賞で6点は本物で残りの19点は2人以上の偽造者が描いた偽モノ"と主張してきた。
イ元教授は、寺小屋で学童の肩が誇張されたものは、檀園絵の特徴だと判断した。 他の作品にもこのような誇張された肩は何度も登場するという主張だ。 手の方向が間違ったのは、憚ることなく急速に描いていくスタイルである檀園のミスで時代的限界と見なければならないと主張する。 残りの作品は決済印を偽造したり、枠線が編集された偽作とみた。
(翻訳/みそっち)
ってことでね、●か○なんですが●説がでてくると限りなく●になっちゃうのを利用してるみたいですよ
まずもって問題なのが、朝鮮時代の風俗を描いた絵がこの25枚しかないわけです。
朝鮮時代の庶民生活を見るにはこの25枚だけしか資料がないのです。あとの似たようなのはニホン統治時代になって近代画法が取り入れられた物しかないんですね
金弘道の時代のほかの画家の作品にもこういうのがない、当時の絵は依頼されて描くものだったという主張もあります。こんな絵を誰が買うんだ?というわけです。
あの一輪車の絵だって描かれたのは1920年代なんですよ
韓国の教科書にも載っちゃう有名な ”寺子屋” なんていうのが朝鮮時代を通して無かったことがハッキリしてるんです。 これが、”絵が本物” ってことで朝鮮時代には寺子屋があったという主張(1960年代~)に繋がっているのです。 寺子屋があったという主張の根拠は、このたった一枚の絵だけなんですね。
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▲朝鮮時代の寺子屋の存在を示す唯一の資料
文化教育の格差を知って朝鮮にも文化があったニダと主張するためにも李承晩の時代にこういうものが発見される必要があったんでだろうと思うのです。
ニホン総督府が35年も統治してきて痕跡すら発見できなかった ”朝鮮寺子屋” がやっぱり韓国人の作ったウソだったのか気になるところです。
ニセモノだと思う韓国人がいて、自論を主張すると、その途端に「慰安婦は売春婦だったと主張した教授センセ」のようになりたくなかったら主張を取り消せ。という脅迫まで出てくるのが韓国社会なんですよね。
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