平昌警察署の駐車場で15年目行われていること
こうしなきゃ朝鮮時代に逆戻り 大掛かりな奴らなら一晩に根こそぎなことも
[朝からミーナ]平昌警察署(署長、パク・ドンヒョン)は警察署の駐車場を農産物乾燥場として毎年開放して、農民たちから大きな反響を得ている。
200台の車が駐車することができる1千650㎡規模の警察署の駐車場広場が地域住民の農産物乾燥場で活用されたのは2001年からだ。
すでに15年目の乾燥場を運営している警察署は、秋の収穫時期になると、地元の農家が耕うん機やトラックに唐辛子、稲などを載せて入ってくるのが自然な風景となった。
農民たちが我が子のように手入れした農産物を盗まれたらこれよりもっと胸の痛いことはないと思いますけど。
収穫期に農産物の盗難事故を予防するため、警察署で駐車場を開放しています。
農民たちが収穫した赤唐辛子と黄金色の稲がいっぱいのここ、江原道平昌(カンウォンド・ピョンチャン)警察署の駐車場です。
いきなり雨が来れば、職員たちがビニールで覆うか別に保管までしてくれて安心して預けることがあるそうです。
駐車場を出した平昌(ピョンチャン)警察署職員たちは収獲シーズンが終わる11月末まで、歩いたり、自転車を乗って通勤しています。
地域住民の心を理解した警察署側の配慮に、農民らが安心して農業を建てられるようですね。
(翻訳:2ちゃん番長)
農作物が農家さんの収入になったのは韓国のある朝鮮半島ではせいぜい100年程度の歴史しかありません。
地主という平民がいて、その家畜として奴婢がいたという社会構造です。実際の農作業をする奴婢にとっては自分の収益じゃないわけですから増産なんていうことを考えるひとも無いまま朝鮮時代は終わりを迎えました。
ニホン統治時代になると水路整備などを進めたために急にコメなどの収穫量が増えます。倍の倍くらいになってみると朝鮮では消費しきれないほどになり盛んに輸出が進められたりしました。
といっても元々低質の朝鮮米でしたから不人気なうえに朝鮮蔑視の風潮もあってニホンに輸出される量は炊飯用ではなく飼料用や加工用としての輸入だったようです。